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2014年12月22日月曜日

「サラリーマンの夢、かなえてみたけれど」について

サラリーマンの夢、かなえてみたけれど(野口真人)
日経新聞 2014/12/11マネー 私の投資論)について

そういえば、上記のような記事が日経のWeb版の記事に出ていた。
概要は、不動産投資によって不労所得を得ることで働く必要がなくなった著者が、早期にリタイアしたことで社会との断絶された気持ちを抱くようになり、再び働くことにした、といった内容である。

言わんとしていることは分かるが、自分なら働く必要がなくなれば社会復帰のために就職するという選択肢はないだろう。生活していける程の十分な資産があり、自由時間があるならば、もっと自由気ままに生きると思う。
不動産投資で不労所得生活達成の夢を果たせたのであるから、将来への不安は全く存在せず、羨ましい限りである。

とはいえ、お金だけでは幸福を達成できない1つの事例として考えさせられる内容である。
私の過去の職場には、宝くじで高額金を当選した人、競馬で一攫千金を実現した人、株で1億貯めた人といった人々が実際に存在した。しかし、この人達は、通常の業務をこなし、つまり、働き続けることを選択していた。
働く必要など無くなった人達であっても、やはり働き続けていたのだ。

欧米では、十分なお金を稼いだらサッサとリタイアしてのんびりリゾートで過ごす事が夢見られているらしいが、日本では何を求めてそれほどに働くのであろうか?

働くことは美徳?
リタイアできる人はリタイアし、若者に職を与えるなり育成する方が良くないのか?

日本人として大事なのは稼いでお金を溜め込むことか?
世界には日本より貧しい国が想像以上に多いが、国際貢献では幸福を感じないのか?

将来の不安で一杯の私には、分からない事なのかもしれない。

2014年7月20日日曜日

長生きが幸福だと言えるのか?

自分の一生が100歳までだと仮定すると、
私は既にその半分を生きてきたことになる。
人並みに仕事を通じ、色々な経験をしてきたと思っている。
それほど後悔していることも無いし、
どうしても残りの50年近くまで生き続けたいといった願望は無い。
むしろ、もう死んでしまっても良いとさえ思う。
ときどき、自分が死ねば(不慮の事故等で)生命保険での保険金を
家族に残してあげられるので、そっちの方が、長生きなんてするより
ずっと良いと思うときがある。
生きることは苦しい・・・
昔、TV番組である老人が死に場所を探すために各地を廻っている話をきいたことがあるが、
そんな気持ちが少しは理解できるようになってきた。
自分の思うままに自分の尊厳を保ったままで自分らしく最期を遂げたいのである。

年齢を重ねれば重ねるほど知り合いも少なくなり、身体も不自由になり、ますます孤独に陥っていく・・・
老人ホームで日々美味しい食事をいただき、歌や踊りをしたり折り紙をしたり時々散歩したり・・・身体が自由なら良いが寝たきりだったりしたら・・・

果たして長生きを続けることは幸福なことなのだろうか?

Quality of Life

やはり、生きているときの品質、充実度が大事だと思う。

このまま死んだら、社畜としてのサラリーマン人生、会社の歯車としてだけ生きた人生しか残らなくなってしまう。
サラリーマン時代は、世の中の常識を疑わず、世論に流されてきたかもしれない。
しかし、実際には世の中の不合理なことや、世の中の常識が誤っているのではないかと思えることがだんだんと多くなってきた。
これは、比較的時間的に余裕が出て書籍を読んだり、街に出て見聞きし、自分で少しは考えるようになってきたおかげであると思う。

自分のやりたい事をやり、食べたいものを食べ、自分の基準に合った生き方をして死んでいく。
これで良いのだ。思い残すことはない。

ただ長く生きるより、短くてもいろんな風景のあった人生の方が幸福だと私は思うのである。